ちょっと時代が新しいのですが、HONDA は1979年まで GP をお休みしてて、また、復帰した時はNR500 っていう例の楕円ピストンの4cycle 車だったので、こっちの事を書きます。
2cycle V3 reed valve これは、本当のV3です。しかもVの谷間が完全に前を向いてる、後で主流になるレイアウトの先駆者です。
Wiki によると、リードバルブで GP に出場した最初の BIKE だそうです。当時、先行してた YAM・SUZ の4気筒大馬力車達が、タイヤの能力を超えていると読んでの軽量、良好なトルク特性 を武器にしようとした設計でした。
2cycle は、吸込・圧縮・爆発・排出の4工程を、1回転の間に全部するので、1工程1工程が独立しておらず、また、吸排気バルブがついていないので、前工程が完全に終わる前に次工程が始まっているように動作させます。なので私は、経験値がうんと必要なエンジンだと思っているんですが、作ってすぐ勝ったので、やっぱりHONDAはメーカーとしての実力が段違いなんだな~と思いました。
会社の規模も(売上高で比較・連結) HONDA 8,579 B\ , SUZUKI 2,608 B\ , YAMAHA 414 B\ , KAWASAKI 1,226 B\ (KAWASAKI はBIKE 以外の売上が特に多い)
YAMAHA を基準にすると、HONDA は20倍、SUZUKIは6倍 ですからね。そりゃー違うはずだ。(現在に近い数字、統計年が違っていたりしますのであくまでも参考値。当時のSUZUKI はもっと少なかったはず) HONDAは、おなじやりかたで勝ったのでは大人気ないので、何か変わったチャレンジングな形でないと、参加する意味が無いって思ってるんですかね。
Freddie Spencer です。若いのに劇的に早くて1981年にGPフル参戦ですが、1983年にはロバーツ(YAM V4)と堂々と渡り合い、年間12戦中二人だけで6勝づつ分け合うってすんごいシーズンで、チャンピオンになったんです。GP最高峰クラスでは最年少記録でした。(21歳)
「前後輪ともに滑っているが、本人は滑っている自覚がないのでは?」とか、「前輪が滑った時は、膝のスライダーで立て直している」とか、ライディングに関する憶測が飛び交っていました。衝撃的に早かったからですね。
当時のロバーツのインタビューで、「フレディーに対抗するには、もっと前輪を攻める必要があるので、練習している」というのがあって、KING も本気でやんないと勝てないんだと思ったのが印象に残ってます。因みに、前輪を攻めるってのは、恐らくコーナリング中にハンドルを内側に切り増しして旋回力を高めているんだと思います。やり過ぎると即転倒になる、危険な方法です。
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