インタビュー

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2015年7月16日木曜日

design 要素 design element

車もBIKEも飛行機も好きなので共通のDesign要素が気になります。

まず、エアインテーク、空気取り入れ口ですね。

これは明らかに飛行機のものを車がパクッてます。パクッてますが、Design の世界ではオマージュと言い、どんどんやって良い事になるようです。まんまコピッたらそりゃあ盗作ですが、要素として取り入れることはウェルカムになるようです。

ロッキードF22Raptor 1990初飛行

このエアインテークの形、どっかで見たこと無いですか?

ランボルギーニ ムルシエラゴ 2001発売

似てるでしょう?確かこの車のDesigner は公式にオマージュしたと言ってます。

このインテークは、枚挙に暇が無いほどオマージュされています。車の鼻先のデザインに納まりが良いんだと思います。

この事を知ったのがきっかけでDesign 要素 を発見するとめっけたって嬉しく思うようになりました。

BIKEのショートマフラー
YAMAHA SRX600

私はこのBIKEが量産車初だったと思ってます。それまでどんなBIKEも後ろの車軸の後から排気するようになってましたが、それをこの位置で排気するようにしたんです。初めて見た時は感動しました。さすがGKdesign。

今はこっちが主流かもしれないくらい多いです。技術的にも排気に煙が混じるようなトラブルがまず無いくらいになったので、可能になったと思います。

Ducati Diavel

最新のDesign バイク もショート。いっぱい採用されています。

車では天地の浅いリアウィンドーが最近のトレンドかな。






2012年9月1日土曜日

12/9/1 市販車のDesign5 現代のDS

ちょうど CGTV で今のDS5のインプレッションをやってました。



現行DSシリーズの最上位機種、ハイドロニューマチックは無し、アバンギャルド。2011 発売。

ハイドロニューマチックについては、私は好きでしたが、必要とは思えませんでしたのでこれで良いと思います。シトロエンは Design に特化して進むべきです。

表現を変えれば、DS5はやや硬めのハイドラクティブと形容したくなる身のこなしを示してくれるわけで、もしもこれがハイドラクティブ装着車だと広報されたら、信じてしまうかもしれない乗り味を身につけている。これが、DS5の脚がハイドロニューマチック系だったらいいのに、と思うシトロエンフリークへの、僕の回答である。もちろんハイドラクティブそのものとは微妙に異なるものの、おそらくシトロエンは、ダンパーのセッティングに他のブランドにはないスペシャルな何かを掴んでいるのだと思った。(carview,co.jp 2012/7/14 吉田匠)

シトロエンはダンパー内製(PEUGEOT と共通らしい)だそうですね。


インテリアもアヴァンギャルドしてます。CGTVの松任谷氏も、車内からの眺めが違うので、「普段の道が違って見える」と言ってました。

ちなみに最近の車のDesign Trend の一つに天地の浅いリアビューウインドウがあると思います。


左はDS5、右はRange Rover Evoque です。そっくりです。

2012年8月30日木曜日

12/8/30 市販車のDesign4 Citroën DS(2)

Citoroen DS は、同時代の中であまりに飛んでいるので、”何故こんな車を作れたのか”と考えてしまいます。

まず、Citoroen という会社自体が特別でした。社長は André Citroën (アンドレ シトロエン)で、1919年にフランス版フォードとなるべく設立、ワンマン経営の過剰投資が祟って1934年には経営危機に。
ミシェランの系列になってなんとか立て直したが、再び経営危機に陥って1976年からはプジョー傘下になった。(wiki 抜粋)

1934年の経営危機は、Traction avant(トラクシオン・アヴァン)という通称で有名な7CVのためで、
7CV

2年ほどの短期間での突貫開発、生産のために工場は全く新しく作り直されたが、この為の膨大な投資にも拘らず、新工場完成披露パーティーは1933年10月に、内外より6500人の客を招待して盛大に行われた。(Wiki 抜粋)

この結果、アンドレ・シトロエン氏は経営危機の責任を取って社長を退き、翌1935年には病死しています。派手好きで、自負心の強い、でも技術の方向性を読める、社長だったんですね。
André-Gustave Citroën(アンドレ ギュスターヴ シトロエン)

DS の開発は1938年開始なので社長交代後ですが、開発者は7CVと同じアンドレ・ルファーブルです。
André Lefèbvre(アンドレ ルファーブル)

経営危機の後もチーフデザイナーを続けられたんですから、周りから優秀さを認められていたんでしょう。wiki にも天才型と書かれています。

自負心の強い社長・その社長が作った社風・天才的Designer が、DSを作ったんです。

ただねもう一つの要素が。
作る側はなるほどという感じですが、DSは1955-1975 の20年間で、1,455,000 台も生産されているんです。勿論、車の優秀性のためではありますが、アヴァンギャルドを好むフランスの国民性に助けられたところが大きいと思います。

DS は本来、私のようなmono好きだけが支持する、オタッキーな車だと思います。それが100万台以上作られちゃったなんて、他の国では考えられません。



2012年8月29日水曜日

12/8/29 市販車のDesign3 Citroën DS

すごい車の定義って、同時代の他の車との技術・コンセプトが飛び抜けているかどうか、ってことになると思います。

その意味では、Citroën DS は、本当に特別です。
Citroën DS 1955-1975
1955 のクラウン 同時代の車に見えますか?

WWⅡが1939-1945 なので終戦後10年目の発売ですが、戦前の1938から開発が始まっていて、開発要素があまりに多く遅れたのです。

最大の特徴は油圧によるエア・サスペンション亜種機構を中心とした「ハイドロニューマチック・システム」Hydropneumatic Systemである。
この種の用途に使える小型コンピューターなどなかった時代に、油圧バルブと機械的ポンプ機構の組み合わせだけで高圧オイルラインを介し、懸架機構を自律制御するものは乗用車用のエア・サスペンションとしては最も早い実用例であり、野心的なシステムであった。(wiki より)

空気バネと油によるダンパーに、各車輪毎の自動車高調整を組み合わせたもので、荷重の増減による車高の上下は完全にキャンセルされますが、現代のアクティブSUSのような機能はありません。
また、上記システムのために油圧ポンプを持っているので、これを当時最新だったパワーステアリングと、ブレーキのサーボ、半自動変速機にも使っています。

結局のところ、革新的で高価な油圧制御を車高調整にしか使えていないので、なんだかなーって感じですし、シトロエン以外には広まることもありませんでした。

DSのすごさはハイドロニューマチック・システムとともに語られることが多いですが、私は、むしろ Design 自体の方が重要だと思います。
個性的で美しい

ボディデザインを手がけたのは、シトロエンの社内デザイナーで、トラクシオン・アヴァンや2CVのデザインも行ったイタリア人のフラミニオ・ベルトーニである。
ベルトーニは、トラクシオン・アヴァンのスタイリングに改変を加え、さらに極度に徹底して流線型化することでDSのデザインを作り上げたとされるが、結果的にはほかのあらゆる自動車と隔絶し、「宇宙船」とまで評されたデザインを実現した。それは1955年時点におけるもっとも進歩した空力デザインの一つである。(wiki より)

ふかふかのシート

当時、まだ内装用の材質としては一般的でなかったプラスチックビニールを多用していたのも特徴である。しかも白系統など、従来では考えられなかった大胆な色遣いを行い、材質の弱点を目立たせない工夫がためされていた点でも、高度なインダストリアル・デザインであった。
シートはウレタンフォームを大量に用い、ベロア系生地の表皮を与えた贅沢な構造である。ソファーのように身体が沈み込むゆったりとしたシートと、ハイドロニューマチック・サスペンションとの組み合わせによって、しばしば「雲にでも乗っているような」「船のような」などと形容される独特の乗り心地が実現された。(wiki より)
 

2012年8月26日日曜日

12/8/26 市販車のDesign 2

車の話をもっと書きたくなりました。私にとってEpoch-making な車たちの話です。

まず最初のFF車。
1934 発売 Citroën 7CV(Traction avant)

やっぱり技術革新はフランスなんですね。

FFの技術的メリットは軽量化です。長いドライブシャフトが不要になりますから。以前にTVの番組で、同じ出力のFRとFFでレースしたらどっちが早いか、とレーサーに聞いていましたが、軽さでFFとの答えでした。番組名もその時のレーサーが誰だったかも思い出せませんが。

FFは、前輪を駆動するので大きくハンドルを切った時にも、動力をスムーズに伝える「等速ジョイント」が必要になりますが、この7CVでは、完全な等速ジョイントは使っていませんでした。

本当は最初のFF市販車はというとこの車ではないんですが、FFを有名にしたのは間違いなくシトロエン7CVです。先進のモノコック構造で、低重心・広い車内等いわゆる名車です。

次はFFといえばミニですね。
1959 発売 Morris Mini-Minor

いろいろお話がある、有名な車です。私が書く事もないので、等速ジョイントの話だけ。

この車の頃から「等速ジョイント」が実用化され、ミニには量産型ボール式等速ジョイントが使われています。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%9C%A8%E7%B6%99%E6%89%8B
wikiの自在継手です。動画があって上が7CVのもの(2つ使用)下がminiのものです。

ちなみに、ミニは車輪側に等速ジョイントを置く初期の車ですが、車体側に置く場合は等速+若干の長さ変動も吸収しなければならず、実用化がさらに後になりましたが、日本のTNTが世界初に市販化し、スバル1000(1966)が初採用でした。

流れで今度はRRにしましょうか。
なんつってもビートルは外せませんね。
1938 発売 Volkswagen Type 1(Beetle)

頑丈で悪路や厳しい気候でも酷使に耐え、材質・工作が優秀で整備性も良く、大人4人を乗せて経済的に高速巡航できるこの車の性能・品質は、1950年代に至ってもなお世界各国の新型小型乗用車に引けを取らないものであった。(wikiより)

RRは順当なら次にポルシェでしょうが、あまり好きじゃないので止めます。

でアルピーヌにします。
1963 発売 Alpine A110

RRによるトラクションの強さと軽量が強みだったそうです。1600S が730kg位、人が乗っているとぎょっとする程コンパクトなのが判ります。ポルシェが嫌いなのは、あの大出力でRRは無理だと思うからで、このアルピーヌ位がRRのメリットを活かせるサイズじゃないでしょうか。

ポルシェについては、以前の「CG TV」で中嶋悟が内外のスポーツカーをどっかのサーキットを借り切って次々に試乗し、インプレッションを語るという企画をやってましたが、中嶋ですら神経質で嫌だという意味の事を、やんわり言ってましたから。アマチュアなら推して知るべしです。

んじゃミッドシップ。
これはもうカウンタックでしょう。
1974 発売 Lamborghin Countach LP400

同じランボのミッドシップはミウラが先ですが、大排気量横置きエンジン等ミッドシップのお初らしい構成上の無理があり、実用になる(こんな車に実用という言葉はふさわしくないかも)最初のミッドシップはこちらでしょうね。

有名な折り返し式の駆動系等、ホイールベースを縮めるための設計が徹底していて、つま先の位置もFアクスルとほぼ同一で、これもホイールベース短縮のためですが、相当オフセットがきついはずです。いや、体全体が内側に追い込まれる設計なんでしょう。サイドグラスの寝方はただ事じゃないですもんね。

で、今のミッドですが、こないだ「CG TV」で絶賛のマクラーレンですね。
2011 発売 McLaren MP4-12C


モンロー社が開発したアクティブサスペンションは「プロ・アクティブ・シャシー・コントロール」だ。
プロ・アクティブ・シャシー・コントロールは左右のダンパーの伸び側室と縮み側室を互い違いにオイルラインで結ぶことでロールを制御している。コーナーリング中は外輪のサスペンションが縮むので、ダンパーピストンより上部(縮み側室)の圧力が高まる。一方、内輪のサスペンションは伸びるのでピストンより下部(伸び側室)の圧力が高まる。高圧と高圧が出会うことでさらに圧力が高まり、この圧力をアキュムレーターで制御することでロール剛性を高めるため、スタビライザーは存在しないのだ。(清水和夫 carview.co.jp 12/5/9)

というサスが乗り心地とロールを完璧にコントロールして、恐ろしく良いらしいです。モンローってアメリカのダンパーメーカーですね。

こんどのマクラーレンは価格も \20,000,000 台で、以前の3座の億超とは違って現実的価格です。(どこがダー。)
こりゃー夢に出てくるな~今後。

ちなみにカウンタックがこだわっていた、ホイールベースの話を。

市販車でハンドリングの善し悪しを言う速度域は150km/h以下ですが、F1等のレーサーはそれ以上の速度域がメインになります。従って、市販車ではホイールベースの短縮がハンドリング向上に役立ちますが、レーサーではあまり問題になりません。
カウンタックのホイールベースは2,450mm ですが、現代のF1では3,500mm もあります。全幅はカウンタック1,890mmに対し、F1 1,800mm以下なので F1はひどく細長い車になっています。

2012年8月3日金曜日

12/8/4 Designer 由良拓也

前に Designer シリーズを書いた時に、何故この人の事を書かなかったかと反省しています。

一番有名なのは、富士のGCレースがモノポストスポーツカーで争われていた頃よりちょっと前の、紫電77です。
1977 紫電77

綺麗で有名ですが、戦績は大したことがなく、「ゆらたく屋」でもご本人が何が悪かったのか解らないままで終わってしまったと言っています。
1977 紫電77改

流麗なリアウィングステーを取ってウィングを独立させたり、Fに醜い口を開けたりしましたが、パッとしなかったそうです。

この紫電77の原型(イメージ上の)になったと思われるのが、GRD S74です。
1974 GRD S74

私はこれと、紫電77のイメージが完全にダブっていて、今回ググって年代もメーカーも違うってことが初めて明瞭になりました。
こっちは、生沢徹が持ってきたやつで、GRDはイギリスのコンストラクター、由良氏もモディファイを手伝ったりしたそうです。当時は、富士GCの最高速を誇った優秀な車体でした。

1981 MCS これはMAZDAのロータリーを積んでます

由良氏が名実ともに活躍し始めたのは、富士GCがモノポストスポーツカーだった頃で、マーチ等のF2シャーシにムーンクラフト製のカウルが定番になった頃です。

ムーンクラフトは由良氏の会社(1975設立)で、メインはレーシングカウルの製造ですが、市販車のモディファイパーツの設計製造や、最近では iPhone のアルミ削り出しケース等も作っていて、Designer 由良がやりたい事をやっているように見えます。
iPhone 削り出しケース


モノポストGCの時代(1979-1986)は、カウルと言えば由良ってくらいで、「由良は風が見える」と言われていたそうです。初期は風洞も無しで設計していたはずで、経験が感覚を磨いたんでしょうね。
1984年頃からは、大分風洞実験も取り入れたそうです。

紫電

最近の作品は写真の「紫電」です。
Wikiによると、公道での究極のパフォーマンスカーとして作り、現在はプロモーションを兼ねてレーサーとして、2006から SUPER GT のGT300 クラスに参戦している。

時々TVでSUPER GT を見てましたが、なんで セカンドクラスに本格的レーシングカーが走っているのか(そして何で勝てないのか)、と疑問には思ってました。

こんなにやりたい事をやって、戦績も上げて、会社も立派に経営している。羨ましい人生だなー。
あっと、会社概要を見たら、風洞実験施設のレンタル業という項目が有りました。実物大。

紫電の実験風景

自社で持ってるの〜〜〜!! 信じられない。自社製作だそうです。作ちゃうんだ。




2012年7月21日土曜日

12/7/21 ビートルの思ひで 2

もう一つは、カギ折れ事件です。

今度は、スキーに行った時です。
夫婦二人共に福島出身なので、遠いですが渋滞の無い、会津のたかつえスキー場に行ってました。
会津高原たかつえスキー場

スキー場に泊まった翌朝、車を出そうとして何でだかキーが曲がってるのが気になって、キーをカギ穴に半分入れて、曲げ直そうとしちゃったんです。

こんなんでした

スキー場の、寒い、これから300km走る朝、やらなくても良いだろって自分でも思いますがやっちゃったんです。

そしたら、ポキンと折れて、折れた先がカギ穴に残りました。最悪!

さあ大変。どうしよう、帰れない。

スキー場の麓のガソリンスタンドが合鍵も作れると言うので、ホテルの車で送って貰いましたが、ビートルと言えども外車なので、元カギが無くて無理でした。

JAF(Japan Automobile Federation)

今度は、JAF に電話。でも、今は忙しいので、会員以外にはサービス出来ないとのことでした。
ただ、アドバイスを貰いました。
カギ穴に折れた先を入れ、折れた元で押し込めばおそらくカギが回るだろう、ですと。

まずは、ホテルからピンセットを借りてキーの折れた先を回収、成功。
次に、麓のガソリンスタンドの人に来てもらって、ドアを開けて貰い。
いよいよ、折れたまま使う方式を試すと、あっさり始動しました。

雪道でのビートル

そうそう、ビートルって雪道に強かったですよ。軽い上、最低地上高がそこそこ高く、タイヤは細い。まして、貰った時に本物のスパイクタイヤも貰ったので、積んで行き雪道になってからスタンドで代えてもらってました。
この朝、走り出した時は回りが新雪でチェーンを履きましたが、それまでは無しでも充分でした。

後日談が有ります。

その後しばらくは、合い鍵でドアを開けて、折れた鍵でメインを回す。という方法で使ってましたが、ある時、うっかり合鍵をメインに突っ込んでしまいました。
交換したユニットを見せてもらいました

すると、折れた先が更に奥に入り、万事窮す。メインキーシリンダーユニット交換、¥70,000コースになってしまいました。チャンチャン。



2012年7月19日木曜日

12/7/20 ビートルの思ひで 1

私は、個人で操縦する乗り物は何でも好きなので、当然、車も好きです。

ただあまり車歴が無いので、書く権利が無いように感じています。

十数年前に会社が川崎市から掛川市に移転し、以降は常に車を所有するようになりましたが、以前は、兄からタダで貰ったビートルを1年程持っていただけでした。
色も形もこんなんでした

ビートルは面白い車で設計が古いせいでしょう、機械らしさを直接感じられました。

加速中はガーっていう感じの頑張ってる音で、巡航中はルルルって気持ちいい音がしました。
またギア比が高く、高速ではパワーが無いのに車速が伸びる感じでした。

面白い経験もさせて貰いました。
最初は、シート炎上事件。

まだ子供がいなかった30歳の頃、家人とビートルで箱根をドライブし、帰りに小田原厚木道路から東名を通ったんですが、東名に乗換えた時に、小田原厚木のレシートを車内に飛ばしちゃったんですね。
箱根

小田原厚木道路

東名を出る時に必要なので、海老名に車を止めて車内を探したんです。
くわえタバコで。
現在の海老名SA

ビートルの後席の座面は、ぱかっと取れ、チョットした小物を席の下に入れれる構造で、しかもクッション材がパルプの様な可燃物で出来てました。
バッテリーもここに

そいつにくわえタバコの火が付いちゃったんですね。

出てこないので、あきらめて車を出そうとしたら車内が煙いんです。
車内を見回すと、後席から煙が・・。

ヤバイっと思って後席(の座面)を取り、水のある所を捜して家人と持って走ったんですが、走ると風に煽られて炎が見えるようになっちゃいました。
取り外した後席座面

海老名の駐車場を、2人で、火の着いた車のシートを抱えて走るという、当人達には大事件でも他人には笑える、最低のシーンを演じてしまいました。

結局、トイレの前の池に落として火を消しましたが、池にいた金魚には悪い事をしました。
海老名の写真を探しましたが、今は池は無いですね。

後で2人で大笑いをしたか、それともケンカしたか、覚えてません。覚えて無いので、多分ケンカの方?

2011年10月26日水曜日

11/10/26 Designer Luigi Colani 2

続きです。私のコメントなんか不要ですよね。

国産Knife メーカー G.SAKAI 製


トラック

BIKE

チョロQ

スペースシャトル

ボトルクローザー(要するに栓)

ペン と ペン立て

前進翼の航空機

また変なプロペラの超ジャンボ機